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他社の不正事例から見る属人化リスクと解決のヒント
日経新聞記者が提案する属人化解消の手立て
特定の担当者に権限や知識が集中し、業務全体がブラックボックスと化してしまう属人化状態。昨今の企業においては規模の大小を問わず、この属人化に原因があると思われる不祥事や不正問題の発覚が相次いでいます。属人化の問題は、かねてよりリスク管理担当や法務担当の方々からご要望の多い勉強会テーマでした。解決すべきことは分かっていながら、なかなか具体策を見出せない難しい問題でもあります。今回は日本経済新聞社 ビジネス報道ユニット(法務・税務取材チーム)の植松正史氏をお招きし、他社の不正事例分析から分かる属人化の深刻さと、リスク解消に向けた具体的な道筋について解説していただきました。植松氏が最後に示したユニークな提案は、どの企業にも当てはまるこの難題を解決する有効な手立てになるでしょう。
日本経済新聞社
ビジネス報道ユニット(法務・税務取材チーム)
植松 正史
ビジネス法務や最先端分野に関するルールの動向、税務のトピックなどを取り扱う「法税務面」の担当デスク。1999年の入社以来、法務省や検察、国税庁などを担当。2015年以降は主に企業法務関連の取材を手掛けた。データ経済の広がりや米IT大手のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)の動向、個人データの取り扱いを巡る諸問題にも精通。2019年度の新聞協会賞を受賞した連載企画「データの世紀」は、記者・デスクとして2018年の連載開始当初から担当した。
株式会社FRONTEO
ビジネスインテリジェンス事業本部 副本部長
公認不正検査士
早川 徹也
1995年に株式会社東海銀行(現三菱UFJ銀行)に入社。入社後は製造業を中心に、東証一部(当時)上場企業や外国企業、中堅中小企業を担当。また複数の企画部署で担当やマネージャー職、支店・支社指導のマネージャー職を歴任。2017年に支店長兼支社長に就任。2022年に株式会社FRONTEOに入社し、ビジネスインテリジェンス事業本部の副本部長として顧客のリスク管理、業務課題解決を支援。
世間を騒がせた「属人化に起因する」2つの不正事例
最初に取り上げたのは、2023年7月に発覚した「八郎山トンネル問題」です。人命に関わるインフラ工事で起こった、信じられないほど杜撰な施工不良でした。
植松氏(以下敬称略):現場は和歌山県の山中に掘られた全長700メートルほどのトンネルです。施工は和歌山市の2社によるジョイントベンチャー。同年12月に共用開始予定で、工事は既に完了していました。ところが照明業者が内壁にアンカー用の穴を開けたところ、コンクリートが貫通してボロボロと崩壊したのです。不審に思った業者は県に通報。調査の結果、本来なら厚さ30センチ必要な壁が、わずか3センチしかなかったことが判明しました。しかも一部ではなく、トンネル内の7割ほどがそんな状態だったのです。調査の結果、工事を主導していた浅川組の現場所長が厚さ不足を認識しながらも、工期に間に合わせるため数値を偽装し、検査を通していたことが明らかになりました。もし施工不良が発覚しなければ、そのまま共用が始まり、恐ろしい事態になっていたかもしれません。
工事の責任者である現場所長に起因する施工不良でした。この現場所長は、どのような人物だったのでしょう?
植松:彼は過去に17件のトンネル工事を経験しているベテランで、「トンネル工事で右に出る者はいない」と言われるほどのエース的な存在でした。とはいえ、これほど数値の異なる工事なら周囲から「おかしいのでは?」という声が上がるのが普通です。でも、そんな声はなかった。問題発覚後に行った全従業員へのアンケートには、「現場所長の判断は絶対だから」「現場所長を超えて内部通報はできない」という回答が多数ありました。周囲が沈黙した結果、杜撰な工事がまかり通ってしまったのです。一方、現場所長は調査に対し、「内壁コンクリートは化粧コンクリートだから薄くても問題ないと思った」と説明しています。本音なのか言い訳なのか定かではありません。ただ、専門家は「トンネル工学の基本すら踏襲していない、信じられない発言」と指摘しました。この件ではエキスパートがまずいと分かりつつも突き進んでしまい、それを周囲の誰も止められなかった。属人化の典型例と言えるでしょう。
もう一つは、2014年に起こったODA事業に絡む外国公務員贈賄事件です。摘発された日本交通技術は、鉄道事業に強みを持つ建設コンサルタント会社でした。
植松:事件の内容は、鉄道建設コンサルタンティングを行っている同社がODA事業を展開するにあたり、ベトナムやインドネシア、ウズベキスタンの政府関係者に合計約1億4000万円のリベートを渡していた、というものです。この出来事は刑事事件化し、東京地検特捜部が不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)で、同社の前社長ら3人の幹部と法人としての同社を起訴しました。裁判では全員が有罪になっています。この事件の中心人物は、同社の海外事業を統括していた常務でした。30年以上も海外事業に従事していたスーパーエースで、事業全体のみならず、不正なリベートの全容を把握する唯一の人物だったのです。ちなみに当時の日本交通技術は利益の大半を海外事業で得ており、彼が会社の屋台骨を支えている状況だったようです。
驚くべきは、賄賂にまつわるこの人物の大胆な手口。現地出張者に、手荷物の形で賄賂用の現金を持参させていたのです。
植松:出張者は後ろ暗い金であることに薄々気づきながらも、「大丈夫ですか?」と常務に質問することはなかったようです。金の話が出ても常務から「これは業界の慣習だから」と言われ、納得するしかなかったのでしょう。さらに大きな問題は、社内のチェック機能が全く働いていなかったことです。賄賂は裏金ですから、社内で不正な支出や会計処理が行われていたことは明らか。担当者なら必ず気がつくはずです。ところがこのケースでは不正が発覚しないよう、経理課長が常務に協力していたのです。しかも、歴代の経理責任者が不正処理を引き継いでいました。この事件が示唆するのは、属人化が会社組織のチェック機能すら飲み込んでしまう、という恐ろしさです。同社は過去にも贈賄事件を起こしていたため、本来ならより厳しいチェックが入るのが当然でした。ところが、この事例では肝心の取締役会もチェック機能を果たすことができなかったのです。
「属人化」は日常的なリスク。組織としての自覚症状が出にくい
今回取り上げた2例以外にも、属人化が背景になった企業の不正や不祥事は数多くあります。植松氏は信頼できるデータを挙げて説明しました。
植松:世界的なコンサルティング企業のKPMGがまとめた「日本企業の不正に関する実態調査」を見てみましょう。この調査は国内の全上場企業を対象にしたもので、有効回答数は578社となっています。注目すべきは、不正の根本原因として「属人的な業務運営」を挙げた企業が最も多かったこと。2018年の調査でも49%(海外子会社では51%)ありましたが、2022年の調査では55%(海外子会社では69%)に増えています。選択肢には「業績至上主義」や「組織風土」といった項目もありますが、両年でそれらを上回る回答となっているのです。分析では、コロナ禍によってリモートワークが増えたこと、それによって社内の目が行き届かなくなったことが理由として考えられる、ということでした。また同調査では品質不正に絞った質問も行なっており、発生要因として「属人化など」を挙げた割合が38%もありました。最多は「品質管理に対する経営資源の投入不足」の53%でしたが、軽視できない数値だと思います。冒頭に挙げた2つの事例は決して「モンスター社員が起こした極端な事例」でもないし、「信じられないほどガバナンスが効いていない企業で起こるトンデモ事例」でもありません。属人化は、どの企業にも起こり得る日常的なリスクなのです。
特定の担当者に権限や知識が集中することが属人化の原因なら、それらを分散すれば問題は解消します。ただ、植松氏はその難しさを指摘しました。
植松:解消が難しい理由は、会社組織として「自覚症状」が出にくいからです。先に挙げた2例もそうですが、属人化の原因となっている社員を見ると、平時は「スペシャリスト」や「エース」として認識されているケースがほとんど。仕事で確かな結果を出しており、会社の売上に貢献している人も多い。つまり、正面からリスク解消を行う必然性がないわけです。仮に社内のリスク管理部門や法務部門から「将来リスク要因になりかねないので属人化を解消しよう」という声が上がっても、「なぜ実績を上げている優秀な人を外さなければならないのか」「上手く回っている今のシステムを変える必要はない」という声に押しつぶされてしまう。総論賛成・各論反対になり、結果として属人化リスクが見過ごされることになるのです。解消が難しいもう一つの理由は、属人化が進行すると組織のチェック部門が萎縮し、従業員が口を出せなくなります。これは日本交通技術の事例からも明らかですね。誰も何も言えなくなり、ついには社内監査や内部告発のシステムまで無力化するのです。
「属人化リスクの低減」を主目的にしないことが打開策になる
では、どうしたら属人化を解消できるのでしょうか? 植松氏の提案は、「正面突破ではなく“絡め手”を用いる」方法でした。
植松:属人化における最大の問題は、業務がブラックボックス化することです。そこで何が起こっているのか、周囲の人は全く分からなくなってしまう。これを防ぐには、業務をなるべく透明にし、担当者の役割や責任を明確にすることが必要です。この2つを実現できれば、暴走しがちなエース社員に歯止めをかけ、いい面だけを享受することができるでしょう。実際、この2点から企業にアドバイスする弁護士やコンサルタントは多いですね。しかしながら、「属人化の解消」や「例外なきジョブローテーション」といった正面からのアプローチはなかなか受け入れられないのが現実です。そこで提案したいのが、「DX」「マニュアル整備」「ナレッジ共有」などの副産物としてブラックボックス化を防ぐアプローチ。つまり別のルートや名目を表に出し、業務の透明化と役割の明確化につながる道を探るのです。例えば法務部門が契約管理ツールを導入するとなれば、契約書の重点審査ポイントや重要度の基準づくりがなされ、ワークフローが明確化される。その結果、法務部門の責任者が持つ裁量範囲が狭まる、という流れです。このやり方なら、属人化の解消を謳わずにリスクを低減させることができます。
これはかなり具体的かつ平和的なアプローチではないでしょうか。植松氏からは最後に、属人化リスクを未然に防ぐもう一つのアドバイスがありました。
植松:属人化リスクの根本には、それを生み出した組織風土があります。例えば、アメリカで1978年に起こった「ユナイテッド航空173便墜落事故」。ベテラン機長の初歩的な判断ミスにより、189人の乗客乗員のうち10人が死亡しました。副操縦士らが燃料切れの可能性に気づいていたにも関わらず、大きな権限を持つ機長に進言できず、事故を防げなかったのです。この事故がきっかけになり、航空業界では「部下が上司に意見する手順を学び、上司も部下の意見に耳を傾ける」CRM(クルー・リソース・マネジメント)という訓練法が浸透しました。CRMは極めて効果的な訓練法ですが、残念ながら他業界ではさほど浸透していないのが現状です。品質管理では世界トップクラスだと思われていたトヨタグループですら、「上にモノを言えない風土があった」豊田自動織機が検査不正問題を起こしましたからね。属人化リスクを解消するには、原因になる人たちを生み出さないよう、業務の透明化と役割の明確化が欠かせません。それと合わせて必要なのが、部下が上司にモノを言える組織風土の構築です。簡単なことではありませんが、リスク管理や法務担当の方々は諦めずに仕組みづくりを行っていただきたいと思います。
FRONTEOでは、EmailをはじめLINE、Slack、Teamsといった社内のコミュニケーションツールに対応したAIによる監査ツールを開発、監査業務の工数を大幅に削減した平時監査ソリューションを提供しています。品質不正、カルテル、贈収賄、ハラスメント。情報漏洩……社内に内在するリスクを可視化することで企業の内部不正を未然に防ぎます。
万が一、社内で内部不正が起きた場合、スマホ、タブレット、PCなど当該社員のデジタルデバイスをはじめ、各種サーバー、システム内のログファイル等を調査する必要があります。FRONTEOは、フォレンジックと呼ばれるこの不正調査のパイオニアとして2000件以上の調査実績を誇ります。情報漏えい/データ改ざん/横領・キックバック/国内談合/購買不正/労務問題/怪文書作成元特定/ハラスメント問題/セキュリティ事案……とあらゆる不正調査に対応可能です。