AGCに4つあるカンパニーのうちガラス・自動車・電子の3つのカンパニーを横串でつなぐ部門「フロート技術推進部」が設立されたのは2017年のこと。カンパニー制によってサイロ化された情報・技術・人に関する共通プラットフォーム作りが部のミッションでした。
フロート技術推進部 山道 弘信氏
「ガラス・自動車・電子、それぞれのカンパニーで作るガラスは、厚みや性質は違えど使っている技術は同じ“フロート技術”なのです。しかしカンパニー制を取っていること、様々な拠点に技術者が散っていること、また情報セキュリティの問題などが影響して、容易に情報共有ができない状況がありました。また、上流の工程で起こったことは常に製品に直結して影響を与えてしまうのですが、それぞれのプロセスが相互作用をして製品を形作っているために、何か起きたときの原因究明が難しい。この部分の組織知の蓄積や高度化を目指したのが“匠プロジェクト”で、その中のひとつであるQ&Aシステム構築のために導入したAIがKIBIT®です」
きっかけはテレビ放送。「機微を感じ取る」特徴に魅力を感じて
昨今様々な企業で重要視されているナレッジシェア。属人化しがちな作業、スキルを集積し、組織知とする取り組みですが、「匠プロジェクト」の中でも真っ先に着手したのが、Q&Aシステム、のちの「匠KIBIT」だといいます。
「どの拠点でも、世代交代や担当者の異動があります。新しい担当者が自分のスキルでは対応しきれない事案に直面したとき、有識者にメールで問い合わせるのですが、有識者の側も人が変わるたびに同じ質問をされるため、だんだん生産性が低くなってしまう。これを常々問題に思っていたのです。メールの中には、非常に重要な製造技術が豊富に含まれているのに、それらが組織知となっていないために毎度ゼロから同じことの繰り返しになっていました。
ちょうどそのようなことを考えていたときに、テレビ番組にFRONTEO CTOの武田さんが出演されていて、“KIBITはEメールの文章から談合や不正を見抜くことができる、また、似たような文章でも機微を感じ取ることのできるAI”と紹介されていました。同じ内容の質問でも担当者によって表現が様々である点は、我々が直面している課題にも共通しているものです。そこで『これだ』と思いFRONTEOさんにご連絡しました」
カスタムメイドへの柔軟さとサポート体制が決め手
「質問の類似度を見ながらQ&Aセットの、Qをとってくるという仕組みに、KIBIT®なら『できるかもしれない』と感じました」
KIBIT®に対し、初回ブリーフィングから好印象をお持ちいただきましたが、当初は他のAIとの比較検討もされたといいます。
「AIに対して知識がなかったので、AIについて幅広く知るために、他社技術のトライアルも実施しました。また、形態素解析のための構造化作業にも一生懸命取り組みました。KIBIT®は当時では珍しく、すでに製品化されていたので、導入における取り掛かりやすさがありました。
また、“AGCの技能伝承におけるQ&Aシステム”として、カスタマイズが必要だったのですが、技術者のみならず営業の方とも、頻繁に意見を交わし、柔軟にカスタマイズいただける点が、最終的にKIBIT®を選択したポイントです」
AIの万能感こそが、「匠プロジェクト」遂行の最初の壁
当時はAIが囲碁やゲームに勝つなど、AIがメディアで頻繁に取り上げられていました。とはいえ、大企業においてAIを導入するとなるとまだハードルが高かったのではないかと想像できます。そのような背景の中、AGCフロート技術推進部が上申時に行ったプレゼンテーションは、斬新なものでした。
「2017年当時、一般的に『AIは万能だ』という印象がありました。そこで我々は、その妄想を打ち砕くために、経営陣に対して否定的な話をしました。『AIで何でもできるというわけではない。これしかできない』『夢を見てはいけませんよ。しかしこういうことをするためには有効ですよ」ということを。POCもさせていただいていたので、現実路線の話で固めました。これが功を奏して、地に足のついた施策として認められ、その後の活動への理解も得られたのではないかと思っています。また、私自身がAI導入以前よりDXやスマートファクトリーに関するプロジェクトを技術本部で行っていたことも、後押しになったと思います。」
初期データ投入の苦労が嘘のように。使われることで成長する匠KIBIT
「匠KIBITの場合、データは生のメールを活用しています。当然乱文もありますので、人が手を加えなければなりません。そのため、最初のデータセットで数、質ともに満足いくものを揃えるのは大変でした。しかし、データを揃えておかないとユーザーが良いと感じてくれない。実際に使ってもらって良いと思ってもらえるほどの精度がでるまでに、約1年かかりました」
β版導入までのご苦労を、山道氏はこのように話されました。しかし、その後データ収集を飛躍的に改善するできごとがありました。
「β版導入後、アクセス数が目に見えて増えてきました。そこで、FRONTEOさんにお願いして、ログ解析の機能を追加したのです。それにより、必要とされているデータが可視化できたので、この結果をもとにデータをさらに強化することができました。また、ログの結果をもとに対象者向けに週刊レターを出しました。『こんな情報が読まれていますよ』『こういう層の人が使っています』『今度はこういうデータを入れておきます』というような情報を掲載したのです。すると、また飛躍的にユーザーが増え、同時に技術者から自主的にデータを提供してもらえるようにもなりました。元々ターゲットにしていた若手技術者だけにとどまらず、中堅技術者までも匠KIBITを使うようになったことは非常にうれしかったです」
組織知を蓄積する文化形成という効率化以上の効果
KIBIT®による課題解決の効果を、山道氏はこう語っています。
「『同じことの繰り返し』を解消しようというところからQ&Aシステムの構築を思い立ちましたが、最も大きな効果は、時間的な効率化ではなく、ナレッジ共有の文化が醸成できたことに他ならないと考えています。個人のフォルダやメールという閉ざされた場所に保管されていた有益な情報を、組織知に変えることができました。結果的にいろんな業務がスピーディーかつ的確になっていくと思っています」
海外への展開と機能拡張
「現在、日本人技術者が日本語でコミュニケーションを行っている拠点は日本とアジア圏のため、まずは日本語ベースで機能改善を行うことを最優先に考えています。また、日本語を利用しないEUやUSなどの拠点においても、『使いたい』という要望が上がってきていまして、今後匠KIBITを他言語、他技術へ展開していくことも視野に入れています。現在、どのような技術を伝承すべきか、という議論が始まったところです」
その上で、他部門が新たに導入する場合に課題となるポイントについて、山道氏はこのように語っています。
「新たな技術分野に対応しようとすると、使う用語も違いますから、今回のデータセット時と同じ試行錯誤が繰り返されることになります。そのため、データセットの時点から機械が読み込んでQ&Aを作ってくれる仕組みが欲しいと思っています。
また、若い技術者は必ずしも的確な表現で質問をしているわけではないため、質問によっては欲しい情報にたどり着きにくいこともあります。この点を解消できるよう、質問を誘導するような仕組みも欲しいですね」
本年7月に発表した匠KIBITは様々なメディアで早速話題になりました。
「発表のあと数社よりお問い合わせをいただいています。製造業では同じような仕事の仕方をしていますから、共感していただくことが多いです。また、メディアで取り上げられることにより、自社内での認知がより高まり、アクセス数が伸びています。他部門からの問い合わせにもつながっていますね」
山道氏は最後に、AI活用について次のようにお話されました。
「AIは、Artificial Intelligentではなくて、Augmented Intelligence であると考えています。価値を作ることによって我々も学ぶし、機械も学ぶという考え方が好きです。AIは敵ではなく、共存するものだと考えています。やはり仕事というのは対話なので、AIを使うとはいえ、そのあとに対話を生むところまでいきたい。我々の目標としているAI活用はそういうものです」
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※記載内容は、2020年9月時点のものです。
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