平成29年に金融庁によって提言された「顧客本位の業務運営に関する原則」により、フィデューシャリー・デューティーの重要度がますます高まっており、金融各社では、営業行為におけるコンプライアンスやお客様とのコミュニケーションの透明性、客観性などを担保するための対応が日々行われています。東京海上日動火災保険においてその役割を担うのが「お客様の声室」です。ここで、お客様の声の分析・モニタリング・レポーティングや、社内ルールの策定を中心に、お客様の声に関する業務ほぼ全てに携わる池 卓実 氏は、AI活用検討の経緯についてこのように話します。
「トップマネジメントからの指示もあり、2017年に『AIを活用した、お客様の声からのより高度な課題抽出』に関する情報収集を始めました。そこでAIベンダーから受けた提案の多くは『特定の目的に対するAIを作りPoC*を行う』もしくは『当社業務に最適な自動分類システムを作る』というものでしたが、当時はまだ明確な課題解決テーマを設定せず、『AIを使うとどのようなことができそうか』を検討している段階でしたので、PoC1回あたりの費用が数千万円かかる、また、分類作成のために膨大な数のサンプルデータが必要となるという話を聞くたびに、現実的に導入は困難だと感じていました」(池氏)
そのような中、他部門でKIBITが先行導入されていることがわかり、それならと、実際に使って解析を試してみることにしました。
* PoC: Proof of Concept 概念実証、新しい概念やアイディアの実証を目的とした導入前の検証作業
「より的を絞って読み込める」ことが価値
FRONTEOの担当者からAI「KIBIT」を使ったデータ解析のレクチャーを受けることで、データ解析自体はできたものの、どのテーマで、解析結果をどのように使っていくかを決めるまでには、少し時間がかかりました。
「KIBITではデータ解析の結果、『見つけたい情報』との関連性の強さに応じてそれぞれのデータにスコアが付与されるのですが、そのスコアをどう解釈するのか、どのようにすれば本当に業務に役立つと言えるのか、すぐには答えが出ませんでした。また、活用案の一つに『コンプライアンス違反の検知』があったものの、お客様の声からコンプライアンス違反が見つかるケースはごくわずかです。すでにKIBITを実務活用されている企業の方から『検出率をいかにあげるか』に尽力したという話を聞けば聞くほど、“ほぼないものを見つける”という我々の業務にKIBITが適しているのだろうか、という疑問も強くなっていきました」(池氏)
CX・プロセスデザイン部 池 卓実 氏
業務内容とKIBITとの適合性に確信が持てずにいた一方、それまでの情報収集を通じ、AIに期待する範囲は明確になっていました。
「これはKIBITだけでなくAI全般に言えることですが、AIは人にできないことが魔法のようにできるわけではありませんし、少なくとも今の技術では検出に100%の精度を求めることもできません。KIBITを使うと数を減らすことはできますが、本当に“お客様の声”を知りたいと思うなら、最後に人の目でデータを読み込むプロセスを無くすことはできないのです」(池氏)
そのように考え検討を続けた結果、ある日、池氏はこのような考えに至りました。
「年間5万件も記録されているお客様の声全てを人の目で読み込むことは難しいので、それまでは、キーワードや属性など、なんらかの方法で『読み込むデータ』を選別していました。これは、データを選別した瞬間、それ以外のデータは一切見ないことが決まる、ということでもあるのです。しかし、KIBITを用いれば、すべてのデータを解析にかけた上で、ランダム抽出よりも的を絞ったデータを人が読み込む対象とできるため、重要なものを見逃す可能性は低くなります。そこに価値があると考えると、KIBITはいろいろなテーマで使えると思うようになりました」(池氏)
年間5万件のデータから“ほぼ発生しない”リスクを探す「コンダクトリスクの検知」での活用
そうして取り組み始めたテーマのひとつが「コンダクトリスクの検知」です。世間的にも重要視されはじめ、各社どのような対策をしているかが問われている状況もあり、経営的に見ても優先順位が高い課題でした。しかし、お客様の声からコンダクトリスクが明らかになるケースはほとんどと言ってよいほどありません。そんな「ほぼない」ものを検知する解析軸を作る、というところにやはり大きな難しさがありました。
「もちろん教師データとできるものはなく、何を探したらよいかすら明確ではありません。ごく少数の先行事例を参考に、『不適正な行動』と、『それに対しお客様がどのようにおっしゃるか、どういう表現のパターンがあるか』を想定し、検証を重ねながら教師データを作っていきました」(池氏)
毎年集まるお客様の声は約5万件。KIBITが「リスクが高い」と評価した、約4%のデータを人が読み込み確認する、というモニタリング運用を2018年5月から毎月継続しています。
「確認の結果は、多くが『今月も該当案件なし』というものです。リスク検知をした際もすでに適切な対応が完了していることがほとんどですが、これまでに数件、未対応の案件を検知し対応につなげられたケースがありました」(池氏)
アンケート読み込み年間256時間分に該当する「要対応事案の発掘」での活用
また、毎月約3万件寄せられるお客様アンケートからの「要対応事案の発掘」においても、2018年10月よりKIBITが活用されています。
「お客様がWEBで入力してくださったアンケートデータは、RPAにより担当営業課支社ごとにファイルが分けられ、メールに添付して自動送信されます。それとは別に、要対応事案を月に1回KIBITで抽出し、該当する営業店にアラートメールを送ることで確認・対応漏れを防ぐようにしています」(池氏)
この解析に使われる教師データは、過去の要対応事案がベースとなっています。加えて、強いお怒りの直接表現を検知するため、キーワード検索も併用されています。
「お客様のご不満やお怒りを検知するためには『感情分析ソリューション』を活用するのがよいのではないかと考え、実はKIBITと比較検討していました。ただ、感情分析ソリューションで検出されたコメントの多くが保険料の高さに関するもの。これらもご意見として受け止める必要はありますが、我々が対応すべきものを検出するためにはKIBITのほうが適しているという結論となりました」(池氏)
解析対象になるフリーコメントが記載されたアンケートの数は、月によって変動しますが、月に約7,800件程度あり、すべてを人が読み込むとすると月に22時間、年間では264時間必要です。しかし、KIBITを使えば、解析から所定の点数以上のデータを人が読み込むのは月に40分、年間でも8時間で済むため、一年あたり256人時分の業務をKIBITが対応しているとも言えるのです。
顧客満足、顧客体験価値につながる「潜在期待の発掘」に向けて
この他にも、通話記録を活用したオペレーター対応のモニタリングや、四半期に1度行う日本損害保険協会への苦情報告の分類業務など、これまでに、様々な「お客様の声」に関連する業務にKIBITの活用が広げられています。また、同社では2020年4月にCX・プロセスデザイン部を新設。さらなる顧客体験価値の強化に向けた取り組みを開始するとともに、KIBITの活用範囲も拡大しています。
「これまでは、すでに発生したリスク事案のレポーティングが中心でしたが、『お客様に喜んでいただくためにこのようなことをしてはどうか』といった提案などの新たな取り組みにも着手しているところです。CX向上の取り組みのひとつとして、モニタリングとは別にお客様の声をKIBITで解析し、アプリやシステムの改善を目的に、情報を抽出し関係部署に提供する、などの活動も開始しています」(池氏)
最後に、今後の推進テーマとして掲げる「お客様の潜在期待の発掘」の展望について聞きました。
「保険会社において顧客満足や顧客体験価値の向上を考える場合、お客様の声に書かれていることに対しそのままの対応をするだけでなく、そこにどのような潜在期待があるのかを考えることが非常に重要です。例えば『約款の字が小さすぎる』という声には、もっと保険の内容をわかりやすく説明してほしいという期待があることが多く、ただ約款の文字サイズをあげただけでは満足していただけません。このようにお客様の声に隠されている期待を構造化し、解析によって導き出せるようにしていきたい。それには、お客様の考えや背景をしっかりつかんでいる必要があり、やはり我々の業務からはお客様の声ひとつひとつを確認し、考えるプロセスを無くすことはできません。今後も、お客様のご期待を見落とすことがないよう、KIBITの力を借りながら、日々お客様からいただく声を読み続けたいと考えています」(池氏)
※本文中に記載されている会社名及び商品名は、各社の商標または登録商標です。
※記載内容は、2020年11月時点のものです。
金融機関向けソリューションのご紹介